判例集
平成20年10月3日頃
# 大阪高裁判決(地裁では歯科医師の勝訴、高裁では患者の勝訴)
# 原告(患者)は頬部の圧痛と冷痛で、被告(歯科医師)の歯科医院を受診。
# 歯科医師の対応: X線(異常なし)、患歯(上の3番)の処置歴無し、2回の電気歯髄検査で異常なし。その後、歯科医師は「中を開けてみないとわからない」とは言ったもののその(試験削合)の必要性を説明せず。
# 犬歯を神経ぎりぎりまで削合したため激痛が発生。歯髄炎から神経因性疼痛を発生させたものと、大阪高裁では認定。
(1) 試験削合の必要性: 「歯科文献」により「最終的手段」とされており、歯髄の生死は「問診、視診、レントゲン検査、電気診・温度診・打診・麻酔診」などの諸検査を総合して判断すべき。電気歯髄診断においてはエラーを念頭に置くべきで電気診だけに頼ってはいけない。
(2) 過剰な試験削合: 「歯科文献」により、生活歯の削合による歯髄への刺激は非常に危険。
(3) 経過観察の必要性: 被告は本件において「経過観察が可能(急性症状がなかった)」であることを認めており、性急に試験削合を行う必要はなかった。
# 高裁判決の判断
(1) 本件削合を実施したこと自体、必要性及び緊急性もないのに、危険な侵襲を与える検査に及んだものであって、注意義務違反があった。
(2) 歯髄ぎりぎりまでの切削を行う必要性は存在しなかったというべきであり、試験削合の実施方法についても注意義務違反があった。
矯正治療を原因とした医療過誤訴訟。提訴の原因は「矯正治療を受けても歯並びが良くならなかった」ということですが、平成22年3月19日に千葉地裁で「十分な説明を尽くすことなく治療を行った」として140万円の請求に対して100万円の支払い命令があった。
まぁ、これは医療過誤訴訟の一例ということですが、原告である30才代の女性、「歯医者も弁護士も信用ならない」として、自分で勉強して「本人訴訟」を行ったというからご立派。
判断: 故意に診療録へ不実記載を行ったとは認められず、処分は違法。このケースでは処分対象となったのが勤務歯科医で「固定給で勤務しており、直接的・具体的に利益を得る立場にはなく、コンピューターに不実記載となる入力をした事実を認めるに足りる証拠はない」としている。つまり、診療入力内容についてコンピュータに不実記載はあったものの、この勤務医が行ったという証拠が無いという意味で、不正請求への関与は否定しているが、不正請求による処分自体を違法としたものでは無いようで、ある種特殊な例と思われる。
※判決要旨: 現状でも「保険外併用療養費制度(旧特定療養費制度)」が認められており、一定の条件下ですでに混合診療は認められており、医療の質などの確保の観点や財政的観点から範囲を限定するのはやむを得ない。
2004年7月の午前7時40分頃、路上で転倒した女性が、近くの医院に受診したが、診療時間(9時から)前で準備が整っていないとの理由で救急病院への受診を指示した事例で、「診療応召義務違反で謝罪と50万円の慰謝料」を求めて提訴。東京地裁の判決では「診療時間外で応急体制になかったことや、救急病院での受診を勧め、患者が救急車を呼んだ経緯などから、診療を拒否したものとは認められない」としてこれを棄却。
ちなみに診療応召義務関連の資料としては
# 応召義務に関しての厚生省通知通達 昭和24年
(1) 診療報酬の不払いがあっても、ただちにこれを理由として診療拒否はできない。
(2) 診療時間を制限している場合でも、この理由により急患の診療拒否はできない。
(3) 特定の人を相手に診療する医師(会社の医務室勤務等)でも、緊急の診療の求めがあって、近隣に他に診療に従事する医師が居ないときは診療拒否はできない。
(4) 天候の不良なども、事実上往診不可能な場合を除いて診療拒否はできない。
(5) 医師が自己の標榜する診療科以外の疾病について診療を求められた場合にも、患者がこれを了承する場合には正当な理由になるが、了承しないで診療を求める場合には、応急処置その他できるだけの範囲のことはしなければならない。
# 参考資料
診療を拒否できる正当な理由:
①医師が不在の場合
②病気、酩酊により事実上診療できない場合
③歯科医師の親族、知人の婚礼、争議がある場合
④患者が酩酊状態の場合
⑤休日診療などが整備してあり、緊急で無い場合等
静岡地裁は、静岡県内の歯科医院に対して地方厚生局が保険医取消処分としたのに対して「審理を尽くす必要がある」として、「処分の執行停止」を決定。処分の要因は「抜歯を難抜歯に振り替え」など、計166万円の不正請求。
# 最近、このように保険医取消の執行停止の訴訟が目に付きます。中には原告勝訴もありますが高裁で逆転敗訴となるケースもあり、こういった裁判の流れが今後注目されます。
義歯の輸入差し止め訴訟控訴審判決(東京高裁:平成21年10月14日)
全国の歯科技工士が起こした義歯の輸入禁止訴訟の控訴審判決で「歯科技工士法は公衆衛生の保持が目的で、個々の技工士に業務を独占的に行う利益を保障したとはいえない」と一審判決を支持し、原告敗訴。
保険医取消訴訟控訴審(大阪高裁 平成21年9月9日)
兵庫県で保険医を取り消された医師が、「処分の取り消しを求めた裁判」で、一審では「処分は過酷だ」と原告の主張を認めて原告勝訴であったが、大阪高裁では「自己の経済的利益を得ることが主な目的ではないが、悪質性が高い」として取消処分を適法と判断し、原告逆転敗訴。
★ 手術時の説明義務違反(鹿児島地裁判決 平成19年12月5日)
鹿児島地裁判決: 鹿児島大学歯学部付属病院で顎の手術を行った患者が、術後「顔面神経麻痺や口唇麻痺」を引き起こした医療事故に対して、「医療機関側は、治療行為について事前に十分な説明を行う義務があるが、顔面神経マヒの具体的内容や発生頻度、予後について十分な説明がされたとは認めがたい」として220万円の賠償命令。ただし、今回は説明義務違反は認めたが、「手術中の過誤による神経損傷」については棄却。
★ 抜歯の適法性と説明義務違反による損害賠償判決(東京地裁判決 平成19年10月4日)
以下は、十分な説明を行わず抜歯を行い、その結果インプラントの必要が生じたことによる損害賠償請求訴訟の判決の要旨である。まぁ、説明義務違反とか何とかは、取り立てて取り上げる内容では無いが、この中の裁判所の判断の中に、「根管治療を行う際に実体顕微鏡を使うのは現時点での医療水準」的な見解があるが、これが定説となっては困っちゃいますよねぇ。控訴しているのか否かはわかりませんが、こういう争点はきちんと明らかにして貰いたいと思います。
★ 平成19年10月4日 東京地裁判決
右下6番に銀合金製のアンレーが装着してあったが3度の齲蝕と診断。その後抜歯(正確には抜歯行為による歯冠崩壊)を行ったが、その際「抜歯を行う説明」をしなかった。
# 原告の主張
(1) アンレーをレジンに詰め替えるよう求めたのに、どういなく抜歯行為をした。
(2) 主訴の歯を修復不可能な状態とした。
# 原告の損害
(1) 被告歯科医院における診療費4,040円。
(2) 他院におけるインプラント費用等。約900,000円。
(3) 慰謝料6,000,000円
(4) 弁護士費用約1,810,000円
合計 約8,700,000円
# 被告の反論
(1) 当該歯を保存することが不可能で抜歯するしか方法がなかった。
(2) 今回の欠損歯の補綴に対しては一般にブリッジで十分である。
# 裁判所の判断
(1) 昔は大きなむし歯は即抜歯というのが多かったが、最近ではできるだけ歯を残す治療を行うべき。
(2) 根管治療に対する判断
根管治療は、根管由来の細菌や刺激物質が原因で生じる根尖性歯周組織疾患の予防や治療を目的とするものであり、①抜髄後の根管(抜髄根管)や②すでに歯髄が失活して感染が生じている根管(感染根管)を機械的および化学的に拡大清掃し、適切な根管充填が行えるように根管の形態を形成すること、すなわち、根管内から根尖性歯周組織疾患の原因となる細菌や刺激物質を除去するとともに、これらの有害な物質がふたたび根管内に貯留しないように、根管内を化学的に安定で生体に傷害を起こさない物質で密閉(緊密な根管充填)できるように準備することである、と定義される。なお、根管治療のなかに根管充填を含める場合もある。
根管治療は、根管の入り口を探すことから開始されるが、根管が細い場合などには根管口を見つけるのが難しい場合がある。根管の探索にはリーマーやファイルが用いられる。
細い#10のファイルを根管に挿入したときに抵抗が強く根尖孔まで達しない場合には、化学用洗浄剤を併用しながら、同ファイルの引き戻しと押し込みを繰り返して根管狭窄部を拡大し、根管充填を行う。また、根管が弯曲している場合には、ファイリング操作(器具を根管壁に接触させ、ヤスリのように上下運動させる操作)のみで根管を拡大する。
根管治療の成功率は、以前はかなり低く、適応症も限定されていたが、最近では成功率は高まり、適応症の範囲は広がってきている。現在では、歯周病や根面う蝕が進行し残存する歯根膜が極めて少ない歯を除いて、外科的療法や歯周療法との併用により、根管治療の完全な禁忌症は少なくなっている。
髄腔や根管の形態は、歯種によって異なり、年齢、う蝕、咬耗、摩耗にも大きく影響を受ける。術前のX線写真は二次元像であり、特に複根歯ではX線写真による天蓋、髄腔壁、根管の明確な確認は難しい。根管治療時には、X線写真から得られる情報を参考に、直視で十分に確認してより正確な情報を得ること、更に術中に手指の感覚で情報を得ることが重要である。
平成2年に入る頃から根管療法の分野で実体顕微鏡の使用が欧米を中心に普及し始め、現在では通常の根管治療でも使用されている。実体顕微鏡を使用することにより、天蓋の取り残しや見落としていた根管等を発見することができる。また、石灰変性により閉塞した根管を見つけ出すことも可能である。髄床底や根管内を実体顕微鏡でよく観察すると、閉塞した根管も容易に発見できる。
(3) 最終判断
以上によれば、被告Bは、本件歯の抜歯を回避するための手段を尽くさず、 かつ、原告に対して抜歯の必要性を説明せずに、本件歯の抜歯を行ったものと認められるから、被告Bの本件抜歯行為は原告に対する不法行為を構成し、 被告Bは、民法709条に基づき、被告Cは、民法415条、同法715 条1項に基づき、それぞれ、本件抜歯行為によって原告に生じた損害を賠償する責任を負うと解すべきである。
(4) 将来のインプラント手術費用28万4244円
証拠及び弁論の全趣旨によれば、インプラント手術の成功基準はインプラントを入れた後最低10年間維持されることであるといわれており、●●クリニックにおいては、インプラント治療後10年間維持されることを保証していることが認められ、原告の生涯において(本件抜歯行為の時点における原告の平均余命は39.64年)、今後少なくとも2回のインプラント手術を受ける必要があることが認められる。
(5) 賠償額
慰謝料50万円、弁護士費用20万円を含む総額約164万円の賠償命令。
★ 裁判所の判断の追記
(1) 平成2年に入る頃から根管療法の分野で実体顕微鏡の使用が欧米を中心に普及し始め、現在では通常の根管治療でも使用されている。実体顕微鏡を使用することにより、天蓋の取り残しや見落としていた根管等を発見することができる。
# たしかに、根管治療に実体顕微鏡は有効であり、歯内療法専門医(主として私費治療だが)を中心に普及している事は理解できる。しかし、その普及率などから考えると、現在の歯内療法の医療水準の一つとして考えて良いのであろうか?
かりに医療水準として考えた場合、保険診療における採算の面ではどうなのだろうか?
実体顕微鏡には色々なものがあるが、仮に100万円の実体顕微鏡を購入して10年使用し、金利や償却資産税、メインテナンス費用を無視したほんとの最低レベルのコストで計算してみた。診療日数は週休2日を前提とし、正月やお盆休みを加味すると年間250日。10年では2500日である。つまり、1日あたりのコストは、400円ということになる。
さて、現在根管治療を行う(着手する)ケースがどのくらいあるかは意見の分かれるところであるが、当院の例では1~2例である。根管治療の点数は130~570点ですから、1ケース当たりの400円というコストは決して少ない金額ではないです。そして、裁判官は「欧米を中心に普及」と言っておりますが、『歯科診療報酬の日米比較 ・ 月刊保団連平成18年7月号より(1999年デンタルエコノミクス誌調査)買力平価換算』によると、根管治療の料金は「日本:8,770円、アメリカ:72,093円(大臼歯)」と8倍もの開きがあるのである。従って、欧米での普及を根拠に、日本における根管治療の水準として判断されては困りますね。
たとえて言うならば、これは、「タクシー会社で事故の時の乗客の安全を考えると車種はベンツであることが水準である。」や「裁判はえん罪や恣意的な判決を防ぐために、全て15人の裁判官の合議制で行うのが水準である。」というのと同じで、コスト計算を逸脱した判断と言わざるを得ないのである。
(2) 社団法人東京都歯科医師会の医事担当理事がデンタルX線写真で「本件歯の根管は狭窄しており、この根管を拡大して根管治療を完遂するのは不可能に近い」と鑑定しているのに対して、裁判所は「術前のX線写真は二次元像であり、特に本件歯のような複根歯ではX線写真による根管の明確な確認は困難で、正確な情報を得るためには、X線写真から得られる情報を参考に直視で十分に確認する必要がある」と判断している。つまり、術前のX線写真だけでは根管治療の予後を判断するには不十分であるということである。
